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日記より抜粋のコネタ




「あ…雪?」

師走の朝、ヒナタが窓を開けると、今年初めての雪が空中を静かに舞っていた。
冷たい北風に流されながら、綿毛のようにふわふわとした動きをしていたので、一瞬雪が降っているのだと気が付かなかったほどの微かな量。

「クリスマスに降ってくれれば、ホワイトクリスマスだったのにね」

ちょっぴり残念そうに呟いたヒナタは、それでも嬉しそうに粉雪の降る空を見上げた。
起きぬけの寝巻き姿のままだったけれど、思わぬ天からの贈り物に、うっとりと見入る。
冬本番間近に、早朝の庭は、すでに霜で真っ白になっている。
日が昇って間もないせいか、薄氷のはった池の水が日の光をあびて溶けるまで、もうしばらく時間がかかりそうだった。

「今日も一日、頑張らなくちゃ」

深々と底冷えする空気に、つい暖かな布団の中へ戻りたくなる誘惑を撥ね退けて、ヒナタは小さく気合の声を自分にかけた。

まずは、身支度を整えて、早朝の寒稽古にいこう。
稽古が終われば、今度は正月の飾りつけの準備も始めないと……。

一日の予定を考えながら、手早く稽古着に着替えたヒナタは、まだ降り続けている粉雪を一瞥し、今夜は積もるのだろうかと、微かな期待を持って部屋を出た。





年末の大掃除をほぼ済ませ、日向の屋敷内は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
母屋から稽古場までの道すがら、ヒナタは、楽しかったクリスマスの準備期間を思い出しながら、家人のいない静かな気配に一抹の寂しさを感じていた。
あと数日もすれば、分家の方たちが年始の挨拶をしにきて、屋敷の中の空間は、祝いの酒を振舞われた人いきれで、ほぼ占められるのだろう。

「姉上! おはようございます」

道場に入ると、すでに独り稽古を始めていた妹のハナビが、元気よくヒナタに駆け寄ってきた。

「おはよう、ハナビ。今日も早いね」

白い息を吐きながら、頬っぺたを赤くしているハナビに、ヒナタは妹の弛まぬ努力と頑張りを見て取る。

「今朝は、少しだけど雪が降ってるから、寒かったでしょう?」

冷たくなった指先を心配して、ヒナタがそっと覗き込むと、ハナビはこれくらい大丈夫だよ! と屈託なく笑った。

「それよりも、姉上! 今日は、姉上に見て頂きたい物があるんです。一緒に来て頂けますか?」

ニコニコと満面の笑みで話すハナビに、ヒナタは何だろう? と小首を傾げた。
ハナビに誘われるがままについて行くと、中庭の一角に見覚えの無い梅の木が植えられていた。

「ハナビ…」

不思議そうに妹の名を呼んだヒナタは、梅の枝のひとつに微かに花弁を開きかけている蕾を見つけ、小さく驚きの声をあげた。

「まだ、春じゃないのに、もう蕾がこんなに?」

本来、梅の花はどんなに早くとも1月から蕾をつけ始める植物である。
それが、まだ十二月の…それもこんなに冷え込んだ朝に花が咲くなんて…。

「お誕生日おめでとうございます。姉上の誕生花は、梅だと聞いたので…花言葉は、澄んだ心なのだそうです。姉上にピッタリですね」

そう…12月27日は、ヒナタの生まれた日であった。
どこか誇らしげに話すハナビに、ヒナタは驚きを隠せずに瞬きを繰り返した。

「どうしたの? この梅…だって、木ノ葉の里じゃ、こんなに早咲きする梅は、手に入らない品種なんじゃ…」

プレゼント云々よりも、冬に咲くはずのない花が、今まさに固い蕾から、可憐な花弁を垣間見せようとしている事に、気を取られていた。

「はい。木ノ葉では、蕾のある梅はまだ無理だったので、他国から入手して貰いました(父上に)…それに、ハナビ独りでは植えられなかったので、(ネジに)手伝って貰いました」

褒めて褒めて♪ と云わんばかりに、ヒナタの顔を見上げるハナビに、ヒナタは慌てて頷いた。

「こんなに立派な梅の木じゃ……。ハナビ、準備するの大変だったでしょう?」

驚きばかり先行していたヒナタであったが、徐々にハナビの贈り物に対する喜びが沸いてくる。

「どうしても、姉上に梅の花が咲くところを見せたかったのです。でも…今朝は、酷く冷え込んでしまったので、完全に蕾が開いてくれなかったけど……あの…姉上、喜んで貰えましたか?」

ヒナタの答えが今ひとつ鈍かったのか、ハナビは心細そうな瞳で、しゅんと項垂れてしまった。

「ありがとうハナビ。嬉しいよ…こんなに素敵な贈り物を貰えるなんて…」

ヒナタの本心からの言葉に、少し拗ね初めていたハナビにも笑顔が戻る。

「よかった…姉上のお誕生日だから、ハナビが一番最初にお祝いをしたかったのです」

ハナビは、ホッとしたように自分が選んだ贈り物を改めて見つめた。
まだ少し固い蕾の下で、微かに膨らみはじめた梅の花の気配を感じて、満足気に眺めている。
淡い粉雪は、いつの間にかやんでいて、日の光が庭木の冷気を暖め始めていた。

「雪もやんだし、明日にはもう少し花が咲くかな? ねェ姉上?」

はしゃいだ声をあげて振り返るハナビに、ヒナタは、雪が積もらなかったのを少々残念に思いつつも素直に頷いた。

今日、最初に見つけた天からの贈り物の事は内緒にしておこう。
それ以上に、嬉しい贈り物を…家族の優しい想いを受け取った日なのだから。

「ハナビがいてくれてよかった……。ありがとう」

ヒナタは、ふいに潤みそうになる涙腺を堪えながら、ハナビに微笑みかけた。
それは梅の花が綻ぶような、香しくも柔らかな笑顔だった。




2004年12月27日(月)




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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