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日記より抜粋のコネタ



ザザザーー。

川の流れは激しかった。
夜の闇が次第に深まり、冷たく清涼な川の水は、無慈悲なほど急速にヒナタの身体の体温と体力をも奪っていく。
微香虫をつけ狙う敵に襲われたヒナタは、不覚にも人質として拘束されていた。

『…また、皆の足手まといに…でも、諦めない!』

ヒナタは、心の中で今にも挫けそうになる己を厳しく叱咤した。
身体ごと川の中に浸されては、嗅覚の鋭いキバや赤丸にも探し出せないだろう。
優れた探知能力を誇る八班の面子にも、個々の弱点はある。

ヒナタの全身を覆う蜜蝋は、まるで岩のように強固だ。
手足の自由どころか、律儀に口元までも蜜蝋で塞がれ、助けを呼ぶ事も叶わない。
ヒナタ自身の力で脱出するしかなかった。

『もっと…もっと集中して! チャクラを一点に…』

まずは見張りにつけられた蜂を、確実に一匹残らず仕留めなければならなかった。

『一匹…二匹…三、四……あっ!!』

最後の一匹を落とした瞬間、唯一の命綱までも切ってしまった。
身動きの出来ないヒナタの身体は、すぐさま川の激流に飲み込まれる。
その先は、絶望的なほど高い滝の入り口だった。

『私は、こんなところで諦めない!』

ヒナタは、水に流されながらも必死にチャクラの純度を上げ、ひたすら一点に集中する。

ビシ…ピ…

ヒナタの身体を覆う殻のような蜜蝋に、僅かな亀裂が入る。

『あと…ちょっと。もう少し、もう少しだから…』

滝の流れ落ちる轟音は、もう間近にまで迫っているのが、ヒナタの耳にも聞こえる。

ゴオオオ……ガッ!!

一瞬だった。
ほんの僅かな差で蜜蝋の殻から脱出したヒナタは、滝の手前に突起していた岩にすがりついた。

「…は、ハァ…ハァ…」

ヒナタは、急いで新鮮な空気を肺に送り込み、乱れた呼吸を調えた。

「川から上がらなきゃ…」

全身ずぶ濡れになった姿で、ヒナタは安堵のため息を漏らす。
ところが、長時間冷たい川の水につかっていたせいか、腕に力が入らない。
すがり付いた岩肌は、水飛沫に濡れて滑りやすくなっており、弱った腕でそう長くヒナタの身体を支える事など出来なかった。

「ア!」

一瞬の迷いが、ヒナタを再び窮地に陥らせた。

『流される!』

ヒナタの心に恐怖が襲った。







「ヒナタ様!!!」

半ば気を失いかけていたヒナタの耳に、懐かしい呼び声が響く。
冷たい激流の波に翻弄されるヒナタの身体を、力強い腕がグイと引き寄せ腰に絡みついた。
唐突に現れた影は、ヒナタの身体を支え、すぐさま岸に向って泳ぎだす。
ヒナタが、泣きたくなるほど懐かしい心強い救いの主だった。

「ッゲホ…コホ…」

岸にたどり着いたヒナタは、飲んでしまった水を人目も憚らず吐き出し、喘ぐように空気を貪った。

「……大丈夫ですか? ヒナタ様」

そっと背後から気遣う声がかけられる。

「ん…来てくれたんだね。ネジ兄さん…ありがとう」

ようやく呼吸を整えたヒナタは、寒さに震える唇を和らげて、ほっと微笑んだ。

「無事でよかった……」

振り返ると、ヒナタ同様全身濡れそぼったままのネジは、冷たく表情を凍らせていた。
今、ネジの身体を支配しているのは、寒さではなく恐怖だった。
ネジが救出にきていなかったらと思うと、今更ながらに手が震える。

「あまり無茶をしないで下さい」

自然と厳しい言葉が、ネジの口をついて出ていた。
ネジの声に怒りを感じ取って、ヒナタの肩がビクリッと震える。
たった一言。
けれど、ネジに向けられていた笑顔を曇らせるには充分だった。
足手まといになるな…任務前にかけられたヒアシの言葉が思い起こされた。

「…ごめんなさい」

ヒナタは、水に濡れた身体で地面に座り込んだまま力なく項垂れた。

「ヒナタ様……服が濡れたままでは、身体の体温が奪われてしまいますよ」

ネジは、自分の失言に内心舌打ちしながら、ぶっきら棒な声でヒナタの姿を指摘する。
冷たい川の水につかっていたせいで、もともと色白のヒナタの肌は、白を通り越して青ざめていた。
普段ならば、薄桃色の柔らかな唇も、体温を奪われて真っ青になっている。

せめてネジが傍にいなければ、濡れた服を絞るコトもできるのだけれど…。
ヒナタは、逡巡した。

「う…うん…でも、着替えもないし…火もたけないから…」

大丈夫だよ…と強がってネジに答えようとしたヒナタだったが、思い出したように、急激な寒気に全身を襲われる。
唇の間から覗く白い真珠のような歯を、寒さでカチカチと鳴らしはじめた。

「フン。変な意地など張るな。背を向けててやるから、さっさと脱いでしまえ」

ヒナタの戸惑いを感じ取ったのか、さらに不機嫌な顔になったネジが、珍しく横柄な口調で命令する。

「…じゃあ…あの…後ろ振り向かないでね? ネジ兄さん……」

服を脱ぐ事を意識し過ぎたのが、ネジにバレてしまったかと、ヒナタは恥ずかしそうに呟く。

ゴソゴソ……バサ…

ネジがヒナタに背を向けてまもなく、背後で濡れた服を脱ぐ音がした。
ジャア…と、重たげな水を絞る音がしばらく続く。

「あの…ネジ兄さんも、服の水を絞ったほうが…。その…私も背を向けているから大丈夫だよ」

たぶん、今頃は全身の素肌を晒しているだろうヒナタが、おそるおそるネジに声をかけた。

「…アア…そうだな」

ヒナタの言葉に、ネジはどこか硬い声で答える。
重く湿った服を乾かす作業に二人は没頭した。
お互い、振り返る事も出来ず、しばらく沈黙が続いた。

「あのまま…貴女を失うかと思った…」

ふいに、ネジの口からポツリとそんな言葉が漏れた。
思いがけないネジの告白に、ヒナタは、自分の耳を疑った。

「エ?」

ポカンと間の抜けた声をあげて、思考が止まったヒナタは、そのまま身動きも出来ずに硬直してしまう。





いつの間にか、背後からまわされた暖かな腕に抱きしめられていた。
無論、ヒナタもネジも服を乾かしている最中で、全裸である。
お互いの肌を隔てる布はなく、直接触れるネジの身体の熱と、冷え切ったヒナタの背中は吸い付くように密着していた。

「ネ! ネジ兄さん!!?」

しばらく喘ぐようにパクパクと口を動かしたあと、ヒナタの咽喉から、素っ頓狂な悲鳴があがる。

「こうした方が、冷え切ってしまった貴女の身体に、体温が戻るのも早いだろう?」

意地の悪い声が、ヒナタの耳朶へ低く囁く。

「で! でも…」

戸惑うヒナタに構う様子もなく、ネジは堂々とヒナタの身体を胸の中へ抱えなおした。

「知らないのか? 火も焚けない。着る物もない時は、お互いの体温を直接分け合って暖めあうものだぞ」

もちろん、ヒナタもその程度のサバイバル知識はある。
けれどそれは、雪山で遭難した時などの緊急事態の時の話であって……。
普段ならありえないネジの行動に、ヒナタの脳は、パニックに陥った。

「気にするな。ヒナタ様。今は緊急事態だ!」

動揺するあまり、すでに放心状態のヒナタを抱きながら、ネジは、ニヤリと不適な表情で微笑む。
そうして、尊大な口調で堂々とのたまったのでした。




2005年09月23日(金)




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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