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日記より抜粋のコネタ



風にあおられた砂埃が、着物の裾を掠めていく。

「今日は、風が強いな…」

つと柳眉を顰め、日向宗家の当主は、胸の前で組んでいた腕を下ろした。


春の麗らかな季節になった。
太陽の光りは、暖かな陽射しとなって、日に日に固い花々の蕾を一気に膨らませていく。
庭に植えた梅や杏の枝には、早いもので愛らしい花弁をほころばせ始めたものもある。


ホーホケキョ


今年始めての鶯の鳴き声に誘われ、珍しく用事もなく庭に足を運んだヒアシであった。
宗家当主の座に就いてからというもの、ヒアシはその責務に追われ、一息つく暇もない日々を過ごしてきた。

ホーホケッキョ

少々調子っぱずれな鳴き声の主が、梅の枝にちんまりととまっていた。

「…鳴いていたのは、お前か?」

気まぐれに散策へ出る切っ掛けとなった鶯は、人の声に驚いたように一瞬ピタリと鳴くのを止め、黒々とした瞳でヒアシを見返した。

「フン…そう怒るな。すぐに去る…存分にそこで練習していくといい…」

今年初めて鳴く鶯を相手に、ヒアシは珍しく相好を崩して苦笑した。

「この季節がくると…妙に懐かしく感じるものだな」

そっと眼を閉じたヒアシは、瞑想するかのように深く息を吐き出した。
懐かしい季節…遠い記憶の片隅に封印されてきた思い出が、ふとした拍子にヒアシの脳裏に甦ってくる。

「……ヒザシよ。お前が呼んだのか?」

ヒアシは、今は亡き弟へ、問うように呟いた。
内に篭もるな…と、もっと外の世界の変化を見ろ…と、まるでヒアシを諌め諭すかのように、誘う鶯の鳴き声。

「全く…口煩い奴だ。フム…だが、たまには花見もよかろう」

フッと口元を歪ませたヒアシは、眼を細めて暖かな陽射しの降りそそぐ花枝の蕾を愛でた。




2006年04月17日(月)




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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