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『頬』




「姉さん、いるかい?」

変声期を迎える前の、高く滑らかな少年の声が、室内にいるであろう姉へ向かって控えめに窺う。

「姉さん? 部屋に入るよ?」

少女からの返事がないのを怪訝に思いつつ、少年は慣れた手つきで眼の前の襖を開けた。

「姉さん…」

部屋に入って間もなくして、ハナビは、緩やかに繰り返す呼吸音に気づく。
微かな気配を辿れば、しどけなく机へもたれかかる少女の寝姿が視界に映った。

「ヒナタ姉さん…こんなところで寝ていたら、風邪をひいてしまうよ?」

小さく苦笑を洩らしたハナビは、するりと、忍びやかな足どりでヒナタの傍らへ近寄った。
ヒナタの顔を覗き込むと、スヤスヤと穏やかな寝息がつれなく答えた。

「う〜ん。熟睡してる…。姉さん、いくら自分の部屋だからって無用心だよ…」

ハナビは、少し困ったように眉根を寄せた。
見つめる視線の先では、長い藍色の髪が、柔らかく乱れて広がり、無防備なヒナタの寝顔を僅かに隠している。
何か楽しい夢を見ているのか、ヒナタの柔らかそうな頬が、僅かに笑みを浮かべていた。
ハナビは、ふいに目を細め、ソロリと指を伸ばした。
悪戯っぽく指先で軽く突けば、柔らかな弾力がフニフニと心地よい。
きめ細かな白い肌を隠す、細い絹糸のような藍色の髪を、慎重に指に絡ませ、手の中へ閉じ込めるようにすくった。

そして露わになる愛しい姉の穏やかな寝顔。

ハナビは、知らず乾いた舌先を潤すように、コクン…と咽喉を鳴らして唾液を飲み込む。
そうっと慎重に顔を寄せれば、甘い吐息が皮膚に触れる。

「まだ起きないの? 姉さん…あんまり無防備すぎると…危ないよ?」

ハナビの声が低く掠れて、ヒナタの耳元へ囁くように呟く。
一瞬、柔らかな頬を掠めるようにして、ハナビの唇が滑った。

「姉さん……」

ハナビは、苦しげにギュッと唇を噛み締め、息を飲み込む。
甘い誘惑に惑う僅かな心の揺らぎ。

…もう少しだけ、この時間が続けばいい。
薄紫に煙る瞳が目覚めるまでの、ささやかな……。




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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