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『鎖骨』




夏も終わりに近づいた午後。
夕焼けに染まる空の色と、ひやりと冷たくなった風の香りに包まれ、少年はブルリと頭を一振りし、大きく息を吐き出した。

「ハナビ…そろそろ、お夕飯だから…」

少女の柔らかな声が、控えめにハナビの背へ掛けられる。

「ああ…姉さん。もう少しやったら行くよ」

ハナビは、型の稽古をして乱れていた呼吸を整えて、縁側で佇むヒナタへ微笑み返す。

「服が汗でビッショリだよ? お風呂を沸かしてあるから、汗を流していらっしゃい…」

根をつめて修行する弟に、ヒナタは、心配そうに眉を顰めた。

「大丈夫だよ。これくらい…まあ、たしかに濡れて気持ち悪いけど…」

ハナビは、汗を吸って重くなった服を摘まんで、軽く肩を竦めた。
このまま手で絞れば、水気を含んだ布からたっぷりと汗が滴り落ちそうなぐらいだ。

「あ〜このまま廊下を歩いたら、マズイかな?」

小さく唸ったハナビは、ふいに摘まんでいた自分の上着の裾をしっかり掴むと、グイッと勢いよく上へ持ち上げた。

「ハ、ハナビ! そんなところで、脱いじゃー!!」

顔を真っ赤にしたヒナタの唇から、小さな悲鳴があがる。

「あ、ごめん。結構汚れていたからつい…この方が、楽かな〜って」

汗で絡みつく服をスポンと頭から脱いで、ハナビは上半身裸のまま、きまり悪げにヒナタを見返し、照れ笑いを浮かべた。
まだ歳若い、少年特有の線の細さはあったが、ハナビの肉体は日々の鍛錬で鍛え上げられていた。
細身だけれど、引き締まった腹筋と、年を重ねる毎に厚くなる胸板。
まだまだ子供だと思っていた弟の成長した姿を、眩しいほどまざまざと魅せられる。

「もう! いくらお家だからって、そんな格好で外にいたら風邪をひいちゃうよ!」

頬を赤らめたまま、プンと怒ったヒナタが、ハナビの服を受け取りに庭へ下りてくる。

「はい。ごめんなさい」

ハナビは、叱られた子犬のように身体を丸め、愁傷に項垂れてみせた。

「…ハナビも、頑張ってるんだね」

ふと、ヒナタが感慨深げに呟く。
薄紫の瞳が、どこか月日の流れを惜しむように…寂しげに光った。
弟を溺愛する姉としては、ハナビの成長は嬉しいけれど、複雑な心境だ。
ヒナタの白い指先が、すうっと上げられ、弟の姿を確かめるように影を辿る。

「くすぐったいよ…姉さん」

愛撫するように身体の輪郭を辿るヒナタの指を避けるでもなく、ハナビは困ったように口元を綻ばせて苦笑する。

「やっぱり、こういう処の線はまだ細いね…」

ヒナタは、ハナビの顔を包み込むように手を添え、頬を撫で首筋を辿り…ツイッと、華奢な鎖骨の線を指の腹で撫でる。

「流石に、首までは鍛えられないって。まあ、姉さんが筋骨隆々なのがいいって言うなら、頑張るけど…」

「う〜ん。筋肉質なハナビは、ちょっと想像できないよ。…ハナビ。あんまり急に大きくならないでね?」

真剣に筋肉の鍛え方を考え込むハナビに、ヒナタは目を丸くして首を傾げてみせて、クスリと笑みを零した。


弟の全てを余すトコロなく独占していたい…。

些細な姉の我侭を、素直に受け取る弟に、ヒナタは、罪深い想いを秘めた願いを咽喉の奥へ飲み込んだ。




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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