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『うなじ』




カラリ…。

激しい稽古を終え、疲れた身体を引きずるようにして脱衣所の扉を開けたハナビは、ふと、浴室に人の気配を感じて顔を上げた。

カラカラ…。

ちょうど、ハナビが顔を上げた同じようなタイミングで、浴室側の扉も開けられた。
と、同時にあがる二つの声。

「あ! 姉さん!?」

「あれ? ハナビ?」

キョトンと目を丸めたヒナタが、湯上りで火照った身体を、白い小さなタオルで慎ましく隠して立ち竦んでいた。

「ご、ごめん! 姉さん! 入っているのに気がつかなくて…ごめん!」

弟とはいえ、思わぬ姉の裸身を間近に見てしまったハナビは、慌てて視線をヒナタから逸らした。
頬を赤らめて必死に弁解をしているハナビは、よくよく見れば首筋まで真っ赤になっている。

「ううん。私はもう上がるから、ハナビも入って大丈夫だよ?」

ヒナタは、ハナビの動揺する様を気にもとめずニコリと笑い、濡れて色を濃くした藍色の髪をまとめるように、手櫛でかきあげる。

「あ、ありがとう。でも、姉さんが着替え終わるまで、外で待ってるよ!」

ハナビは、機敏な動きで背を向けると、ピュウッと逃げるように廊下の扉を閉めてしまった。

「? 変なハナビ…?」

昔はよく一緒にお風呂へ入ったものなのに…。
お年頃になった弟の…少年の事情にまで気が回らないようで、ヒナタは、小首を傾げて不思議がった。

「ああもう…姉さんってば、なんであんなに落ち着いてられるんだよ…」

ハナビは、ドクドクと音をたてて急激に上がった脈拍を感じながら、熱っぽくなった顔を両手で隠すように抑える。

カラリ…。

「ハナビ? ここで待ってたの? お風呂もういいよ〜」

長い髪の毛をひとつにまとめ、パジャマ姿に着替えたヒナタが、湯上りの身体からホコホコと暖かな湯気を上げてノンビリと微笑んだ。
洗ってまだ乾いていない髪から、シャンプーの甘い、いい匂いがする。

「うん。ありがとう…」

どうにも目を合わせ辛いハナビは、ヒナタの肩の辺りへ視線を移した。
つと…、ハナビの視線は、何故か吸い寄せられるように、ヒナタのスッキリとした首筋に目が行く。
普段は、長い藍色の髪で隠されている細い首が露わになっていた。
そして、まとめ髪で白いうなじが見えて、湯上りの肌とあいまって妙に色っぽく…。

「ハナビ? お風呂空いたよ?」

不思議そうに瞬きをして、いつまでも廊下で立ち竦むハナビの顔を、息が触れるほどの距離まで近づいて覗き込んだ。

「………っうわっ! ななっ、何ッ。姉さん?」

仰天した声をあげるハナビに、ヒナタは、ますます訝しげな表情になって首を傾げていたが、結局、何がそんなに弟を驚かせたのか、よく分かっていない姉なのであった…。




すいぞくかん 水乃えんり 筆
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