Since2004.09.15 This site is Enry Mizuno site"suizokukan"sorry Japanese version only.


〜女王様と犬3 チラシオマケコネタ〜
2007.08.18




『水遊び』




ミーンミンミン…ジー。

いつ止むともしれぬ蝉の鳴き声が、耳の鼓膜を震わせ木霊する。
残暑厳しい季節の昼下がり。
照りつける太陽の陽射しは、乾いた大地に燦々と降り注ぎ、息苦しいほどの熱量を反射していた。

「姉上! 早く、早く!」

弾むような少女の明るい声が、白い砂浜の上を走る。
見上げる空は、遠くどこまでも青く澄んだ色で、白い入道雲が水平線に浮かんでいた。
モクモクと立ち昇る白い入道雲が、刻一刻と風の流れに形を変えて、青い空を緩やかに彩っていく。
白と青と藍の世界に染まる世界の中心で、大きく深呼吸をすると、肩まで伸ばした黒髪が、強い海風に吹かれて勢いよく広がった。
ハナビは、胸いっぱいに潮の香りを吸い込んで、大きな歓声をあげた。

「ウーミーだー!」

波打ち際まで一気に駆け寄り、打ち寄せる波に躊躇いもなく、剥き出しの白い素足を突っ込む。

「ほらっ! 姉上も、早くおいでよ!」

ハナビは、無邪気に笑いながら、パシャパシャと水飛沫をあげて波を追いかける。

「ハナビ、まだ荷物を全部降ろしてないでしょう?」

藍色の髪を、緩く三つ編みにまとめたヒナタが、柔和な顔を曇らせつつ、海を前にしてハシャグ妹を嗜めた。

「ほら…、キバ君も、ネジ兄さんも、ハナビの分まで荷物を運んでるよ?」

ヒナタは、額から吹き出す汗を拭い、後ろを振り返って困ったように小首を傾げた。

「ええー!? 準備が遅いぞ男ドモ!」

細い腰に手を当てて振り返ったハナビは、大いに不満そうな声で、付き添いの男性陣を叱咤する。

「文句云うんだったら、ちっとぐらい手伝えよな」

大量の荷物を肩に担いできたキバは、額からタラタラと汗を流して、ボソリと愚痴を零す。

「……ヒナタ様。私たちは構いませんから、ハナビ様と先に行って下さい」

キバの背後から着いて来ていたネジは、涼しげな顔で大きな荷物を軽々と肩へ掛けなおした。

「でも、ネジ兄さん。私の荷物まで背負ってくれてるし…それじゃ、申し訳ないわ」

 ネジの言葉に甘えて、身軽な格好で歩いてきたヒナタは、本当に申し訳なさそうにネジを見返した。

「このくらいの荷物の量でしたら、たいした重さじゃありませんよ。これも修行と思えば、楽しいものです」

 ネジは、ヒナタの気遣いに、優しく首を振って微笑んだ。

「……ネジ兄さん…」

 新調したばかりの水着に身を包んでいたヒナタは、ポッと頬を桃色に染めた。
 近くにいると、ついネジの視線を意識してしまう。

「や…ヤダ…。あんまり、見ないで…ね?」

ヒナタは、折角見えていた魅力的な身体の曲線を、羽織っていた上着の前を合わせて、モジモジと気恥ずかしそうに隠してしまう。

「姉上〜! 荷物を運ぼう!」

いつのまにか、ヒナタの隣まで駆け戻っていたハナビが、何故かツンツンと尖った声をかける。

「う…うん。じゃあ、一緒に持とうか?」

「姉上の荷物は、ハナビが運ぶよ! ネジになんか、持たせたら下着の一枚や二枚消えちゃうかもよ――」

「ハッ、ハナビ!」

真っ赤な顔になったヒナタが、うろたえた声で失礼な発言をしたハナビに叫ぶ。

「わ、私の分は自分で運びますから! ハナビも、キバ君に預けた自分の荷物を持ちなさい!」

ギクシャクと緊張した面持ちで、ネジから荷物を受け取ったヒナタは、少々ワガママが過ぎる妹を嗜めた。

「――う〜。はあい」

プウッと不満そうに頬を膨らませながら、ハナビは素直に返事をする。

「キバ。荷物!」

ハナビは、自分よりも頭二つ背の高いキバの顔を見上げて、ニュッと細い手を伸ばす。

「んじゃ、コレ持っていけよ…浮き輪とビーチパラソル」

キバは、重さはなくても、嵩の大きい荷物を小柄なハナビに押し付けた。

「…軽いじゃん」

ハナビは、器用にバランスを取りながら、膨らませ済みの浮き輪とビーチパラソルを担いだ。

「軽いけど、両手が塞がって邪魔なんだよ」

ようやく荷物を担ぎなおせたキバが、ハナビを見下ろして苦笑した。

「ハナビ様、荷物を一箇所に纏めますから、パラソルをお持ちなら、こちらへお願いします」

「はあ〜い」

ネジの声に返事をしながら、ハナビは、ベエッと小憎たらしく舌をだした。

「ハナビ。気持ちは分かるけど、皆で海にきたんだから、これくらいの事で、あんまピリピリするなよな」

ネジを毛嫌いするハナビに肩を竦めたキバは、自分の胸より下にある小さな頭に手を置いて、クシャリと乱暴にかき混ぜた。

「だあってー。さっきもネジのせいで姉上に怒られた…」

ハナビが険しい眼差しで睨みつける先には、ヒナタと寄り添うように波打ち際を歩くネジの姿があった。

「そりゃ、あんな風にネジをからかったら、ヒナタも怒るだろ。仲がいいのを見たくないんだったら、なんであの二人のデートにくっついてきたんだよ…」

キバは、大袈裟に眉を顰めて、ハナビを見下ろした。
ネジとヒナタのデートに、お邪魔虫な小姑ハナビと、そのお供にキバがくっついてきて、さぞやネジも腹ただしいだろうに。

「いいんじゃないの? ネジは、姉上がいればハナビの事なんて、気にも留めないもの」

一瞬、ハナビは子供に戻った顔で、拗ねたように俯いた。

「ハナビ様。それほど重いようでしたら、私が荷物を運びましょうか?」

返事の後、暫くしても歩いてこないハナビを気遣ってか、ネジが、怪訝そうに眉を曇らせて近づいてきた。

「いい! 持っていけるもん!」

途端にハナビは、プイッとネジの手を無視して元気に砂の上を走りだす。

「ったく、意地っ張りめ。悪いなネジ――」

キバは、少女の強がりを面白がるように眼を細めて、ネジに笑いかけた。

「ハナビ様は、いつもの事だ。ところでキバ。いい機会だから一言忠告しておく」

ネジは、急に改まった顔でキバに向き直ると、鋭い視線でキバを射貫いた。

「単刀直入に言う。アレでも、大切な従妹殿なんだ。不必要にハナビ様を泣かせるなよ?」

唐突に、ハナビの事でネジに釘を刺される。
キバは、しかめっ面でバリバリと頭をかいた。

「オイオイ…。そんなマジな顔で睨むなよな。ハナビが、ただ泣かされてるままに黙っている玉かよ…」

今更だが、ネジにそんな事を指摘されるとは思わず、キバはぼやいた。

「それでもだ! ハナビ様が笑っていないと、ヒナタ様が心配される。ヒナタ様を悲しませるような事をする相手に、俺も容赦はしない」

ネジは、厳しい眼差しで重ねてキバへ警告をした。

「ハイハイ…分かったよ。ったく、なんでネジにまで…」

キバは、呆れた顔で答えた。
実は先刻も、同じようにヒナタからもハナビの事で、真剣に念を押されていたのだ。
二人に言われなくても、ハナビを悲しませるような真似をするつもりはない。
まあ、多少は泣かせてしまう事もあるだろが…それは、また別の話しだ。

「キバー♪ 早くおいでよ!」

鮮やかな赤の水着姿になったハナビが、波打ち際で大きく手を振ってキバの名を呼んだ。

「ネジ兄さーん」

同じく、白のビキニの水着が眩いヒナタが、少し照れた瞳でネジを見つめ、小さく手を振った。

楽しげな姉妹の声が、それぞれの恋しい人の名を呼んで手招いている。

「オー今行く!」

 キバは、ハナビを見る目を細め、軽く手をあげた。

「すぐ参ります…」

ネジもまた、落ち着いた声でヒナタを振り返り、口元を嬉しげに綻ばせた。
将来は義理の兄弟になるやもしれぬ男二人は、秘密の会話を打ち切り、愛しい少女たちに向かって熱い砂浜を並んで歩き始めた。




           『夏の欠片』の後日談




すいぞくかん 水乃えんり 筆
無断転載・複製・直リンク禁止